ほぼ月刊ロッシャアアアアァァァァァッッッ!!!

アライさんがロッシャーを生ぬるいまなざしでウォッチするのだ!ところでロッシャーってなんですか?

虎の威

ロッシャー(Twitter)という人間自体には、遠目から眺めて考察をしたためるだけで、対話を含め今後関わるつもりはない。関わりたくもない。それが許せないなら然るべき手段に訴えてくださいな。人間歳を取ると、それまでの経験則から自分にとって余計な人間の見分けがついてくるし、ましてや死ぬまでの先行きが見えてくると、冒険も出来るだけ避けるようになる。嫌な思い、痛い思いを出来るだけ減らして一生を終えたいからね。そうした年配の人の守りの傾向をあくまで老化による劣化と決めつけたい人がおり、ロッシャーからもその匂いがするのだが、そうした人はこれまで老人の晩年に立ち会う機会がなかったのだろうか。僕などは子供の頃から、限られた人生の使い道を強く意識してたな。

それはさておき、ロッシャーのように持たざるまま大人になって、今のテレビで流れる低品質なコンテンツしか咀嚼が出来ない中高年は現在急激に増えつつある。しかし、自分の足で動き、成熟した知性と感性があれば、今尚お金がなくとも享受できる高品質コンテンツはそこらに沢山ある。青空文庫とか。だから全く同情に値しないし手を差し伸べたくもない。

ただそうした大人が若い頃熱中した文化に今尚しがみつき、そこまではいいのだが世間様に向かって大声を振りまき腐臭を放ってるのは、同じ空気を吸って来た僕には相変わらず我慢が出来ない。そこで今後、ロッシャーが日々Twitterや5ちゃんに残す膨大な「言葉の廃棄物」の端々を題材に、彼らの歪みをひとつづつ検証していこうと思う。ロッシャーは、そうした今のダメな中年像を煮詰めた存在としては、とても貴重な人材ではあるからね。

総論として、ロッシャーという人間はヘヴィメタルという音楽を虎の威を借りる道具にしている。細々とした蘊蓄は得意でも、垂れ流すその言葉からはヘヴィメタルという「音楽」への愛情は全く感じられないし、演奏からも上手い下手は置いておいても研究心が感じられない。ゲーム音楽の打ち込みは悪くないかな。

そんな彼は、メタルが世間で劣勢になるとき、侮蔑の対象になるときに、やたら神経質となる。嘲られるのも嫌だ。忘れられるのも嫌だ。要するにヘヴィメタルがヒーローとして世間に君臨することしか許せない。加齢臭を放つ子供そのものである。実のところ、バンドマンはこういう人が実感として多いのだが、バンドマンならそりゃ当たり前。だけどロッシャーは素人である。若いころバンドやってたらしいけどね。